スポーツドリンクの落とし穴 ― ペットボトル症候群とは?
こんにちは、いとう内科クリニック院長の伊藤です。日常の診療で患者さんから質問があった、素朴な疑問についてお答えできればと思います。
登場人物
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I先生:総合内科・循環器内科専門医。クリニックの院長。
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患者Nさん:生活習慣病で通院中。インターネットや健康食品の情報に詳しい。
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看護師Fさん:優しく丁寧に患者対応をするが、誤解には根拠をもって訂正するしっかり者。
第1部:甘い飲み物で「昏睡」も?ペットボトル症候群とは
患者N:こんにちは、先生。最近「ペットボトル症候群」という言葉を耳にしたんですが、スポーツドリンクの飲み過ぎってそんなに危険なんですか?
I先生:こんにちは、Nさん。とても大切なご質問です。「ペットボトル症候群」とは正式な病名ではありませんが、清涼飲料水を大量に飲み続けることで、体に深刻な悪影響が出る状態のことを指します。医学的には「ソフトドリンク・ケトーシス」や「清涼飲料水ケトーシス」と呼ばれることもあります。
看護師F:特にスポーツドリンクやジュースを“水代わり”に飲む習慣のある方、運動していないのに大量に摂取している方は要注意です。糖尿病の診断がない方でも、急性の高血糖や昏睡で運ばれてくるケースがあります。
患者N:えっ、糖尿病じゃなくても?健康診断では問題なかったんですが…
I先生:その油断が危険なんです。特に夏場、外来では30〜40代の男性が「最近だるい」「水分はとってたのに倒れた」と来院され、血糖値600以上ということも。共通しているのは、スポーツドリンクや甘い飲料を1日2〜3本以上飲んでいたという生活習慣です。
看護師F:例えば、500mlのスポーツドリンク1本には約30〜40gの糖質が含まれています。角砂糖にすると7〜10個分。コーラなどではさらに多いです。
患者N:角砂糖10個…考えたことなかったです。飲みすぎると、そんなに体に負担がかかるんですね。
第2部:なぜ危険?糖毒性と高血糖の悪循環
I先生:では、ここで病気のメカニズムについてご説明します。清涼飲料水に含まれる糖分は非常に吸収が早いため、急激に血糖値が上がります。これが続くと、体の中ではインスリンの分泌や働きが低下して、血糖値がますます下がらなくなってしまうんです。
看護師F:この状態を「糖毒性」といいます。高血糖がインスリンの働きをさらに鈍らせ、悪循環に陥ります。放置すると、重度の意識障害や昏睡を引き起こすこともあります。
患者N:糖毒性って怖いですね…その状態が続くと、どんな病気になってしまうんですか?
I先生:ここで少し整理しましょう。Nさんが最初におっしゃっていた「ペットボトル症候群」は、実は病名ではなく、清涼飲料水を日常的に多量に飲む生活習慣によって起こる健康障害全般を指す言葉なんです。
看護師F:そして、この生活習慣の結果として起こる重大な病気の一つが「高浸透圧性高血糖症候群(HHS)」です。つまり、ペットボトル症候群という“きっかけ”が、HHSという“結果”を招くという関係ですね。
I先生:他にも、糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)という合併症が起こる場合もありますが、いずれも命にかかわる状態です。つまり、清涼飲料水の多飲という何気ない行動が、命に関わる病気に直結することを知っておいていただきたいのです。
患者N:なるほど…。病名というより、危険な生活パターンの総称だったんですね。
第3部:熱中症対策でも注意!正しい水分補給とは
患者N:でも夏は暑くて、つい冷たいスポーツドリンクを何本も飲んでしまうんですが…。
I先生:そのお気持ちはとてもよく分かります。ただ、ここが大切なポイントです。熱中症対策として清涼飲料水を飲むこと自体が、実は健康リスクになることもあるのです。
看護師F:甘くて冷たい飲料は飲みやすく、体が水分を欲しているときにはついゴクゴク飲んでしまいますよね。でもそれが落とし穴。知らないうちに1日2〜3本も飲んでしまうと、糖分の摂りすぎで血糖値が一気に上がってしまいます。
I先生:特に、あまり汗をかいていない状況で清涼飲料水を繰り返し飲んでいると、熱中症は防げたけれど、重度の高血糖で倒れてしまう、という本末転倒な事態になりかねません。
患者N:それは盲点ですね…。飲み過ぎると、逆に危ないんですね。
I先生:はい。基本的に日常生活での水分補給には水や麦茶で十分です。スポーツドリンクは本来、長時間の運動や大量の発汗があったときの電解質補給用です。
看護師F:どうしても飲みたいときは、1日500mlまでを目安にしたり、水で2倍程度に薄めて飲むと糖分を抑えることができます。
I先生:また、脱水が心配な方には経口補水液がおすすめです。これは医療現場でも使われていて、糖分を抑えながら電解質をしっかり補給できます。
看護師F:そして何より大切なのが、「のどが渇く前にこまめに水分を摂る」習慣を持つことです。
患者N:実は父が糖尿病で…。自分も気をつけないといけませんね。
I先生:それはぜひ意識していただきたいですね。ご家族に糖尿病の方がいる場合は、年に1回の血糖値チェックも大切です。
看護師F:だるさ・多尿・体重減少・強い口渇などの症状があれば、早めに受診してくださいね。
患者N:今日のお話で本当に意識が変わりました。スポーツドリンクを全部やめるのではなく、使い方と量に気をつければ良いんですね。
I先生:まさにその通りです。バランスと知識が鍵です。何か不安があればいつでも相談してください。
看護師F:最後に、周りにスポーツドリンクをたくさん飲んでいる方がいれば、ぜひ今日の内容を教えてあげてくださいね。
患者N:はい、家族にも伝えます。ありがとうございました!
🔍まとめ:この記事のポイント
項目 | 内容 |
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✅ ペットボトル症候群とは? | 清涼飲料水の過剰摂取による高血糖の誘因。糖尿病がなくても発症する可能性あり |
⚠️ 起こる理由は? | 急性高血糖→脱水→口渇→さらに飲む→悪化という"糖の悪循環" |
🚨 合併症の例 | 高浸透圧性高血糖症候群(HHS)、糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)など重篤な状態に進行 |
🥤 正しい水分補給法 | 水・お茶を基本に。スポーツドリンクは必要時に500ml/日以下、可能なら希釈。経口補水液も有効 |
安全な夏を過ごすためには、「飲み方」「量」「タイミング」を意識することが何より大切です。