心不全の診断・治療
心不全って何が問題なの??
日本における死因別死亡総数の順位では『1位:悪性新生物(がん)2位:心疾患』
これから高齢化が進みどんどん心不全患者が増えてくる『心不全パンデミック』が懸念されています。皆様の健康と生命を守るためにも、症候性心不全に至る前から始める『早期介入・早期治療』がとても重要になります!
心不全を知りましょう!
正しく知って正しく付き合えば怖くない!!
2025年ガイドラインの名称が変わりました!
2025年改訂版 心不全診療ガイドライン(以前のガイドラインは2021年JCS/JHFSガイドライン「急性・慢性心不全診療」)
→「急性期からの切れ目のない治療の重要性と,急性期と慢性期の明確な区別が困難であることを鑑み」心不全診療ガイドラインとなりました。
心不全の考え方も少しずつ変わってきています!
心不全の定義
ガイドラインとしての定義 ◎2025年改訂版 心不全診療ガイドライン |
心臓の構造・機能的な異常により,うっ血や心内圧上昇,および/あるいは心拍出量低下や組織低灌流をきたし,呼吸困難,浮腫,倦怠感などの症状や運動耐容能低下を呈する症候群 |
ガイドラインとしての定義 2021年JCS/JHFSガイドライン「急性・慢性心不全診療」 |
『心不全』とは『なんらかの心機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群と定義される。 |
(参考:2025年改訂版 心不全診療ガイドライン/2021年JCS/JHFSガイドライン「急性・慢性心不全診療)
難しいですよね!? もう少しかみ砕いて説明してみます。
心臓と体(各臓器)の関係は車で言うところのエンジン(心臓)と車体(体・臓器)の関係に似ています。車は車体が良くてもエンジンが悪ければ上手に走れないし、エンジンが良くても車体が悪ければ上手に走れません。
心不全は『臨床症候群』=息切れやむくみという症状で判断するので原因が、エンジンなのか車体のどちらにあるかも考えることが必要です。
『代償機転』はしんどくならないようにエンジンと車体がお互いを支え合うイメージです。同じエンジン(心臓)なら元気な車体の方が動きやすいのはなんとなく想像がつきます。
『代償機転が破綻』とは
エンジンも車体も無理をすると壊れますよね?
心臓は頑張り屋さんです!『息切れ・むくみ』といった症状は『そろそろ限界!!』と悲鳴のサインの可能性があります。悲鳴をあげているのに無理をするとバランスが壊れてしまう=『代償機転が破綻』して『心不全の急性増悪』に至ります。
『エンジンと車体の問題を見極めるのが循環器専門医の腕の見せ所です!』
心不全の治療に大事なこと!今の自分を知りましょう!
(参考:心不全診療ガイドライン2025)
大きな変更点
①「急性心不全」「慢性心不全」と分かれていたのが、心不全は状態の一連の変化として考え「心不全診療ガイドライン」と一つにまとまりました。
②心不全の定義(医療関係者向け)
A:構造的心疾患
心臓の機能的以上または構造的以上
B:構造的心疾患に起因する症状・徴候
C:BNP/NTproBNPの上昇あるいは心臓由来の肺鬱血あるいは体うっ血の客観的所見
※心不全の定義(一般の方向け)
心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。
③心不全のステージ分類およびリスクがより詳細になりました
|
心不全発症前(無症状期) |
心不全発症後 |
||
ステージ分類 (A→Dに悪化) |
ステージA 心不全リスク |
ステージB 前心不全 |
ステージC 症候性心不全 |
ステージD 治療抵抗性心不全 |
解説 | 心不全の危険因子があるが、現在にも過去にも心不全の症状や徴候が無く、構造的/機能的な心疾患及びバイオマーカーの異常がない | 現在も過去にも心不全の症状や徴候はないが、下記の一つを有する。 | 現在または過去に構造的/機能的心疾患による心不全の症状や徴候がある。 | 有効性が確立しているすべての治療がなされた、ないしは考慮されたにも関わらず心不全症状を有する。 |
リスクや症状など |
・高血圧 ・動脈硬化性疾患 ・糖尿病 ・慢性腎臓病 ・肥満 ・心筋症の遺伝子変異 ・心筋症の家族歴 ・心毒性物質への曝露など |
①構造的/機能的心疾患 ②安静時及び負荷時の心内圧上昇の所見 ③危険因子があり、他の原因のない ・BNP(≧35)もしくはNTproBNP(≧125)上昇 または ・心筋トロポニンTの持続的上昇 |
①新規心不全発症 ⬇️ ②心不全症状の改善 ↕️ ③心不全症状の持続 ↕️ ④心不全増悪 |
ステージCからの移行で治療抵抗性の状態 |
治療目標 |
危険因子のコントロール・心リハを含む包括的疾病管理 |
|||
治療目標 |
|
構造的/機能的心疾患の進展予防 |
||
治療目標 |
|
|
死亡回避・入院/再入院予防・QOL改善、ACP・緩和ケア |
治療について
心不全の治療・管理は2つの軸が大切です
A:生活習慣 (非薬物治療)
減塩 |
1日6g未満を目標とします。減塩調味料の使用、味噌汁や漬物の摂取制限、香辛料やレモンなどで風味を補う工夫が有効です。タンパク質の適切な摂取が筋力維持に重要。 根拠:塩分の過剰摂取は体内の水分貯留を促進し、心臓への負担を増加させます。 |
減量 |
BMI(体格指数)を25未満に保つことが望ましいとされています。カロリー制限やバランスの取れた食事、定期的な体重測定が推奨されます。 理由:肥満は高血圧や糖尿病などの心不全リスク因子を悪化させます。 |
禁煙 |
完全な禁煙が強く推奨されます。禁煙外来の利用や家族の協力が禁煙成功の鍵となります。※当院では薬品供給不安定などもあり禁煙外来は行っておりません。 理由:喫煙は動脈硬化を促進し、心不全の発症リスクを高めます。 |
アルコールの管理 |
アルコールの摂取は控えめにし、過度の飲酒は避けることが望ましいです。 飲酒量の記録やノンアルコール飲料の活用が有効です。 理由:過度のアルコール摂取は心筋障害や不整脈を引き起こし、心不全を悪化させる可能性があります。 |
運動習慣 |
推奨:週3〜5回、1回30〜60分の有酸素運動が推奨されます。症状がある場合は無理をせず、心臓リハビリテーションの活用が推奨されます。 理由:適度な運動は心肺機能の向上や血圧の改善に寄与し、心不全の予防につながります。 |
B:薬物療法
ガイドラインに基づく薬物治療(Guideline-directed Medical Therapy:GMDT)
心不全は個人ごとに経過や状態が異なるので使い分けが必要です。
降圧薬と一括りにされることもありますが、種類により目的が異なります!
特に心不全患者さんには長期的な目標として『再入院を減らす』ことが挙げられます。
GMDTでは以下の4種類の薬剤(通称「ファンタスティック4」)を中心に使用します。
分類 | 効果 |
SGLT2阻害薬 |
本来は糖尿病の薬で使用されましたが、その後の研究で、心臓を守り、心不全の症状を改善することがわかりました。 心不全発症リスクを約30%減少させることが分かっています。 |
ACE阻害薬/ARB/ARNI |
ACE阻害薬/ARB:心不全の症状を和らげて、心不全の悪化を約20%抑制します。 ARNI:ARBにさらに心臓保護作用を加えた薬剤で、ACE阻害薬やARBより心不全の悪化防止効果が高く、心不全の入院リスクをさらに20%程度軽減します。 |
β遮断薬 |
心拍数や血圧を抑えることで心臓の負担を軽くします。 心臓を守り、心不全による死亡リスクを約35%低下させます。 |
ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA) |
体の中に余分な水分やナトリウムが溜まるのを防ぎ、むくみを軽減します。 心不全による入院のリスクを約25%減らす効果があります。 |
※1 参考:DAPA-HF試験/EMPEROR-Preserved試験
※2 参考:PARADIGM-HF試験/ATLAS試験
※3 参考:COPERNICUS試験/MERIT-HF試験
※4 参考:RALES試験/EMPHASIS-HF試験
⑤その他:スタチン/イバブラジン/ベルイシグアト/うっ血に対する利尿剤
心不全と付き合うために毎日体重をはかりましょう!!
当院では心不全の自己管理として『毎日の体重測定』を最も重要視しています。
息切れ・むくみなどの症状観察も大事ですが一番大切なのは『毎日の体重測定』です!
理由は『息切れ』『むくみ』などの自覚症状はご本人しかわからない、また症状に慣れていると『こんなもんじゃないの?』と日々を過ごして徐々に悪化していることに気がつかれない方が多くおられます(第一日赤での長年の経験です・・・)。
ご家族様も『自覚症状』なのでご本人が『大丈夫だよ』とお話しされると、『大丈夫かな?』と心配していてもわざわざ病院へ連れて行くのは難しいと思います。
しかし『体重』は数字なので誰がみても管理ができるので、体重が急に増えたら『おかしい』とご家族も気がつくことができ、受診のタイミングを逃さないことに繋がります。
心不全の管理で『体重測定』がなぜ重要なのか。
心不全になると『息切れ』『むくみ』の症状が出てくるのか説明します。
キーワードは『水と塩』です!
⭐︎『元気な人の場合』
僕たちが食べたり飲んだりしたものは、尿・便・汗などの形で排泄されます。
僕たちの体はもともと海から来ている(進化して人間になりました)ので、体の塩分濃度を一定に保とうとする『恒常性の維持』という働きを持っています。
若い時に飲み会に行くといつもよりトイレに行ったことを思い出してください。
- つまみ(塩分多め!)を食べると血中塩分濃度が上昇する→
- 喉がかわく(血中塩分濃度が上昇するので、水で薄めたくなる!!)→
- たくさん水分を摂取する(塩分濃度が下がるので、喉のかわきが改善)→
- 体の水分と塩分が増えているので、バランスをとるため尿で水分と塩分を出します。
- スッキリ!!
⭐︎『心不全患者さんの場合』
1―3までは一緒です。違いは4です!
心臓が弱ると尿が減ってくることが言われています。
尿は腎臓という臓器で作られますが、心臓が弱ると腎臓まで血液が十分に送れないため尿が作りにくくなります(心不全)。
腎臓が弱ると尿がそもそも作れなくなってきます(腎不全)
では『尿が減る』と入ってきた水分はどこに行くでしょうか?
答えは『体』にたまります。
心臓は『筋肉でできたポンプ』なので水分(前負荷)が多すぎると伸びすぎたゴムと同じで縮む働き(心機能)が弱ります。
心臓・腎臓が弱る→尿が減る→水がたまる→心臓がさらに弱る→尿が減る→水がたまる→・・・を繰り返し様々な症状が出てきます。
症状と水分
水分なので体のいろいろなところにたまります。たまった場所によって症状が異なります。
例えば
『むくみ・浮腫』
心不全で足が腫れる・足がむくんでいる患者さんは、足の隙間に水分がたまっている状態ですので腫れているところを押すと押した部位がしっかりへこみます(水分が逃げるため。水なので柔らかいし痛くないことが多いです)。
むくみの場所も、水分なので重力に従って下に降りてくるので足の方が手よりも目立ちます。寝たきりの方だと背中側が浮腫んでいるといったことも多くあります。
『息切れ・呼吸困難』
心不全による息切れ
①胸腔という肺が収まっているスペースがあります。そのスペースに水分がたまります(胸水)。胸水がたまると肺が潰されるので酸素を取り込む働きが弱ります。結果として息切れしやすくなります。
②水分が多いと心臓のポンプに負担がかかりやすくなるので息切れしやすくなります。
※『息切れ』症状の原因はたくさんあります。心不全以外にも『呼吸器疾患』・『貧血』『年齢に伴う生理的変化』なども考慮して判断していきます。
受診の目安
①1週間で3kg程度の体重増加(必須)+②浮腫+③動いた時の息切れ
この3つが揃えば心不全増悪の可能性が高いので早期受診をお勧めします。
逃げ場がないので体にたまります。水がたまるので『体重』がその分増えてくるのです!!
繰り返しますが『体重』は誰でもわかる目安なのでご家族様も管理しやすいのでぜひ協力してあげてください。
知っておこう!心不全の3大原因
心不全を引き起こす3大原因は
①虚血性心疾患 ②高血圧性心疾患 ③弁膜症と言われています。
①虚血性心疾患(冠動脈疾患:狭心症・心筋梗塞等)
心臓の筋肉(心筋)に血液を送る冠状動脈が狭くなったり、塞がったりして、心筋への血液の流れが悪くなり、心筋が酸素不足に陥る状態を指します。
②高血圧性心疾患
長期にわたる高血圧によって心臓の機能に障害が起こっている状態です。
血管に負荷をかけ続けた結果、心筋が肥大してしまうことによる心疾患です。筋トレをイメージするとわかりやすいかもしれませんが、心臓は肥大すると硬くなってしなやかさを失います。そのためふくらんだり縮んだりといったポンプの役割を果たすことが出来なくなります。
③弁膜症
心臓はポンプとして働いているため、入口と出口があります。入口と出口には血液が逆流しないようにふたがあり、このふたのことを「弁」とよんでいます。当然「しなやかに」開閉する必要がありますが、それらの弁が狭窄を起こしたり、閉鎖不全といってしっかり閉じれなくなった状態が弁膜症です。人間の心臓には全部で4つの弁がありそれぞれ「三尖弁」「肺動脈弁」「僧帽弁」「大動脈弁」と呼ばれています。
④その他:心房細動などの不整脈や心筋症も心不全の原因となります
閑話休題
大切な腎臓
尿は『腎臓』という血液ろ過装置で作られます。
腎臓は血液から、水分と老廃物・不要物を取り出して尿を作ってくれます。
→腎臓が悪くなると水分や老廃物がたまってしまい生命に関わってきます(関連リンク:慢性腎臓病・腎代替療法)
心臓が弱っても腎臓が頑張り尿量を維持してくれることも大切です。
心不全の増悪を予防するために循環器内科は腎臓も大切にみています。
最後に
一般的に心臓は取り替えることはできません(移植など一部特殊な状況を除く)。
今の自分の心臓を大事に優しく付き合っていただきたいと思います。
そのために治療の2軸『生活習慣』『薬物療法』を大切にして頂きたいですし、大切にできるようにスタッフ一同サポートしていきます!